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青い鳥は籠の中で 前編
​DC
​優作×赤井 ジェイムズ×赤井
age restrictions R-18

挿入を含む性行為の描写があります。

2016年11月13日
フローティングハート

日の当たらない部屋。鉄同士の擦れる音。浮遊感。
それらの全てが、容赦なく赤井の体の感覚を狂わせていくのを、優作は、口髭を撫でながら、じっと見ていた。
オメガ特有の、発情期。その最中にある赤井を閉じ込めているのは、長い鎖で天井に繋がれた、巨大な鉄の鳥籠だった。檻を飾るのは、精緻に咲き誇る鉄の荊。その棘を啄む黒すぐりの羽毛の流れさえも繊細に彫り込まれた、美しい芸術品だ。
その内側で、神話のナルキッソスにも劣らぬ少年が、熱い吐息の狭間から淫靡な声を上げて、すすり泣いている。
もうすぐ三十代も後半を迎えようかという男を『少年』などというと、世間的には語弊があるのだろうが、優作にとっての赤井は、いつまで経っても危なっかしくて、幼さの消えない、少年そのものだった。
身に着けているのは、彼のサイズより一回り大きいワイシャツだけで、絶え間なく涙を流す下肢を、隠すものはない。
湧き上がる唾液を飲み下し、優作は、その光景に、見入っている。
ついに、赤井の指が、震える己の性器へと伸ばされ、触れた傍から走る刺激に、恍惚と身体をのけぞらせる。
その蠱惑的な様から目を逸らすことなど、どうしてできようか。
とはいえ、優作は、ただ目の保養の為に、これを買い求めたわけではない。
ここまで芸術的な要素の強いものはまだ珍しいが、アルファの出すフェロモンに反応して電流が流れ、身を守る術を持たないオメガのシェルターの役割を果たす類似の商品は、主に少年期のオメガのいる家庭を中心に、徐々にではあるが、普及してきている。
この鳥籠は、優作と赤井の危うい関係を保つ為には、絶対に必要なものだった。

せめて、もう少し早く出会っていれば。
愚にもつかないことを考え、ため息を吐く。
優作と赤井の関係は、もっと違ったものになっていただろう。
まだ、優作が最愛の妻を得る以前なら。
いや、それよりも、赤井が、あの老練な英国紳士を、番に選ぶ以前なら。
一生の伴侶に、なれたのかもしれなかった。
けれど、一番の不幸は――運命に結ばれた二人が、出会ってしまったこと。

「辛そうだね、秀一君。やはり、私は出ていった方が?」
番を得たオメガは、通常、番以外のアルファの臭いには嫌悪感を覚えるものだ。
性的な接触などは、もってのほか。
個人差は大きいが、番以外のαに触れられれば、それだけで目眩を起こしたり、嘔吐感に苛まれたりする場合もあるらしい――今の、赤井のように。
もっとも、赤井の場合は少々特殊で、こうして優作が近くにいるだけでも、もう、駄目だった。
一部の学説によれば、番を得る前に性交の経験が少なかった個体ほど、その傾向が顕著に表れるという。
赤井の発情期の訪れは一般的なオメガのそれよりやや遅く、初めて経験する発情に戸惑う彼を導いたのが、例の紳士だ。
そういうわけだから、赤井は、他に、男を知らない。
それから優作と出会うまでに、女性との付き合いもあったと聞くけれど、セックスまで至っていたかどうかは、甚だ疑問だ。
そんな中――『運命の番』とはよく言ったもので、赤井と優作は、生殖の本能とは全く別の部分で、惹かれあってしまった。
「秀一君」
呼びかけに、赤井は、濡れた瞳を優作に向ける。
その中心で、勃起した彼のものは痛々しく膨らみ、決定的な刺激が与えられるのを、今か今かと待っていた。
「後ろは、触らないのかい?」
貸してあげようか、と、胸ポケットから金色の万年筆を取り出し、鉄格子の隙間から、彼の柔らかい唇をつつく。
意地の悪い優作の問いかけに、信じられないと言いたげな表情をみせた赤井は、潤んだ瞳から涙を溢れさせて、薄く唇を開いた。
カリ……と、柔らかく歯で万年筆を挟んで、哀し気に優作を見上げる。
「それでは物足りないだろうけど、今は、我慢してくれるね」
赤井は受け取った万年筆を左手に持ち替えて、じっと見つめる。指先で労わるように頬を撫でられ、『できるね?』と重ねられれば、頷かないわけにはいかない。
「……は、い」
けれど、自分の唾液で少し濡れたそれを使って自慰をするのは、優作そのものを穢してしまうようで、躊躇われた。
この万年筆は優作の愛用品だ。
売れっ子と呼ばれるほどの大作家である優作にも、いわゆるスランプというものは存在する。
『ネタが浮かばない時は、一度パソコンの前を離れて原稿用紙に向かうとね、不思議と解決するものさ――……』
そう言いながら、この万年筆ですらすらと文字を綴っていく優作の姿を見ているのが好きで、彼の指が魔法のように生み出す言葉の美しさが好きで、そして、一文字一文字の線の流れすらも、好きだった。
それを、自分の慰めに使うのは、優作への冒涜になりはしないだろうか。
「どうしたんだい?」
躊躇っていれば、優作に顔を覗き込まれて。
「挿れるのが、怖い……?」
『怖いなら、やめてもいいんだよ』と、今度は髪を撫でられて、そうではないのだと、頭を振った。
優作に見えるように脚を開き、籠の格子に縋りつつ、腰を浮かす。
ぐずぐずと溶けて熱を持ったそこに、ひやりと冷たい万年筆を押し当てた。
「ん……っ」
覚悟を決め、そっと押し込む。
痛みはなくて、後孔がすんなりと半分ほどを呑みこんだところで、赤井は優作の表情を伺うように、目を上げた。
「せ、んせ……」
「うん、いい子だ」
優作に褒められて、笑おうとして、失敗した。
優作にいい子だと言ってもらえるのは、素直に嬉しいと思うのに、忘れていた頭痛と嘔吐感が舞い戻る。
くしゃりと顔を歪めた赤井に、優作は、『ごめんね』と囁いて、距離をとる。
「秀一君。私は、上へ行って、水を取ってくるよ。そろそろ君も、喉が渇くだろう?」
確かに、朝から、ほとんどずっと口を開きっぱなしだった。
言われて初めて、張り付くような痛みを自覚する。
けれど、
「……先生……」
「ん? なんだい?」
再び目の前に戻ってきてくれたことに安心して、赤井は、鉄の隙間から伸ばした手で、彼の髪を引いた。優作は、『痛いよ』と笑う。
「ここにいて欲しい?」
言えなかった言葉を目の前に示されて、こくりと小さく頷くと、
「おいで、秀一」
差し伸ばされた優作の手が、籠の中に入ってくる。間違って檻に触れれば、皮膚が焼けるのに。
「大丈夫、戻ってくるよ。約束する」
『指切り』。そう伸ばされた小指に、指を絡める。
「ごめんね。発情期が過ぎたら、ちゃんと抱いてあげるから」
『だから、今は、それで我慢しなさい』。
離れた手が、赤井の下肢で揺れる万年筆を僅かに押し込んだ。
それだけで嬌声をあげる赤井に、優作は、苦笑する。
「私は、君を苦しめたくないんだ」

 

***

『日本へは、いつ、お戻りになりますか』
三か月に一度、優作から送られてくるメッセージは、決まって同じだった。
赤井秀一の発情を報せる、短い一文。
赤井のかつての同僚に見られる可能性もあるからと、たったそれだけを問うてくるところが、優作らしい。
『三日後、夕刻に』
それだけを返して、ジェイムズは深い溜息をついた。

「辛いかい? 少し、休もうか?」
優作の問いに、後部座席で身体を丸めている赤井は、小さく首を横に振った。
「無理はするんじゃないよ。きつくなったら、すぐ言いなさい」
何度同じことを繰り返したか分からないけれど、もう一度そう言い聞かせて、優作はハンドルを握る手に力を入れる。
そうでもしていなければ、自分の方がどうにかなりそうだ。
切ない声を吐息の合間から漏らすたびに、赤井の陶器のように白い肌が薄紅色に染まって、くらくらと優作を酔わせるようだった。

半日のフライトで硬く強張った身体をほぐしながら、ジェイムズはふわりとひとつ欠伸をして、最低限の身の回り品を詰めただけの荷物を担ぎ直した。
ごった返す人群れの中、待ち合わせのカフェへと向かう。
港通りからひとつ逸れた場所でひっそりと営まれている、個人営業の小さな店だ。
少し歩くことになるが、そこの出すコーヒーは、赤井のお気に入りだ。ジェイムズにも優作にも人目を忍ぶ事情があり、それ以上に、二人とも赤井には大層甘い。
そんなわけで、その店は、お決まりの待ち合わせ場所になっていた。
馴染んだ懐かしい道を通り、その店の看板が見える角を曲がったところで、店の前で待っていた優作が、手を振ってきた。
「お久しぶりです、ミスター・ブラック」
「遅くなって済まないね」
近づいてきた優作の不快にならない程度に軽くハグをして、すぐに離れる。
「優作。あの子は、一緒ではないのかね」
いつもなら喜んで飛びついてくるはずの恋人の姿が見当たらないことに眉を寄せて尋ねると、優作は、渋い表情を作って、『あちらに』、と自分の背後を示した。
こぢんまりとした駐車場には、優作の車が停まっている。
「秀一君は、車に待たせています」
それはつまり、優作と一緒にジェイムズを外で待っていられるほどの余裕はないということだった。今の赤井は、常にないほど弱っているらしい。
前回の発情期、つまりは三か月前、どうしても都合が合わせられずに来日を断念したのだが、そのことが余程堪えているようだ。
彼の症状のいくつかには、オメガとしてというよりも、赤井秀一の個体としての脆さが強く影響していると、ジェイムズは思っている。
彼の精神的な弱さの表れなのだ、と。
「ミスター」
優作が差し出すのは、車と家の鍵。
「事情はお分かりでしょう? 秀一君をお任せしても、よろしいですか?」
目の前で揺れるそれを受け取り、ジェイムズは、頷く。
だが、しかし。
「優作。君は、どうするんだね?」
ジェイムズと赤井は優作の車で彼の家に向かう。それはいいとして、優作自身はどうするつもりなのか。
訊ねれば、優作は、悪戯な子供の様な笑みを浮かべて、『簡単なことですよ』と指を左右に振って見せた。
「私は、電車で。車より多少時間はかかりますが、秀一君を落ち着かせるためにも、丁度いいでしょう。滞在中は、いつもの部屋を使ってください。では……また、後程」

***

ジェイムズが扉を開けた時、赤井は、運転席に蹲っていた。
微かな泣き声を漏らしながら、立てた膝の間に顔を埋めるようにして、俯いている。
少しでも、優作の名残の近くに居たかったのだろう。自分が辛くなるのは分かっていても。
「赤井君」
全身で寂しいと訴えている恋人の耳元に呼びかけ、その額に手を添えて、ゆっくりと上向かせる。
「随分具合が悪そうだが、家まで、もちそうかね?」
真っ赤に腫らした痛々しい瞳を覗きこみ、そう問いかけた。
薄く膜を張った涙が邪魔をして、こちらの顔がよく見えないのだろう。
赤井は、声だけを頼りにするように、ふらふらと彷徨わせた手で、力なくジェイムズの腕を引く。
「……じぇ、む、ず……」
嗚咽交じりに幼子のような声で拙く呼ばれ、
「何だい?」
そう訊ねながら涙に濡れた頬を拭ってやれば、
「……身体が、熱い……」
震える手が、ジェイムズの掌を、下方へと導こうとする。
その動きにつられて動いた視線の先、赤井のズボンのファスナーは限界まで下げられて、そこから見える下着は、元の色がわからない程度にまで色を変えていた。その履き口から、震える屹立が顔をのぞかせている。
「…………」
番にまでした恋人の見せる痴態に、ごくり、と喉が鳴る。
だが。
「家まで、我慢しなさい。優作の車だ」
優作が赤井をジェイムズに任せたのは、何もここで彼を抱くためではない。
最も確実な方法で、一刻も早く彼を安全な場所に戻すためだ。
「家に着いた後なら、好きなだけ抱いてあげよう。だが、今は、駄目だ」
はっきりと告げ、『席を移りなさい』と促す。
それを叱られたと思ったのか、赤井はびくりと身を震わせ、上げていた顔を伏せてしまった。
それでも、諦めはつかないようで、
「……ここで、しても……」
しゃくりあげながら、消え入りそうな声で訴えてくる。
「……俺が、汚し、ても……先生は、怒ら、ない……」
「ああ。そうだろうとも。彼は気にしないだろうね」
もしもここでジェイムズが赤井を抱いたとしても、それで帰りが彼より遅くなったとしても、優作なら、あっさりと笑って許すに違いなかった。
だが。
「優作はどうであれ、私は、気にする。我慢しなさい」
懲りもせずに伸びてきた手をぴしゃりと叩くと、赤井はそれきり黙ってしまった。

***

優作と来たときにそうしていたように、後部座席に移動した赤井は、身体の奥で疼く熱をどうにかやり過ごそうと、小さく身体を丸めて、きつく目を瞑る。

 

ジェイムズは、どうして怒っているのだろう。

 

今は駄目だと禁じられたというのに、股間に伸びる手を止めることができない。

 

ジェイムズは、どうして怒っているのだろう。

わからないのが、とても怖い。
自分がちゃんと挨拶をしなかったからだろうか。それとも、優作のことばかり考えていたからだろうか。いや、疲れているはずの彼を気遣いもせずに、いきなりセックスを強請ったのが良くなかったのかもしれない。
そうなら、まだいい。
けれど、もしかしたら、ジェイムズは、もう本当は、赤井のことなどいらないのかもしれなかった。そうでなければ、どうして前回は帰ってきてくれなかったのか。
帰ったら抱いてくれるとジェイムズは言ったけれど、もしかしたらそれは嘘で、優作の家に着いたら、自分は捨てられてしまうのではないだろうか。
ジェイムズは、本当は、赤井に別れを告げるために、日本に来たのかもしれない。
自分の中心で熱を持っているそこに触れ、布越しに擦ってみる。
邪魔な下着の履き口だけをずり下げて、自身のモノを取り出す。
溢れてくる先走りに濡れた左手で、そっと茎を撫でてみた。
バックミラー越しに赤井の様子を見ているはずのジェイムズは、何も言ってこない。
もう一度、今度は少し強めに握って、擦り上げる。
けれど、ジェイムズはそれを諫めるでもなく、さりとて気を変えるわけでもなく、赤井のしていることを無視した。
『今は、駄目だ』
ジェイムズのはっきりした拒絶と冷たい声が、頭の中に蘇る。
それほど強く叩かれたわけではないのだけれど、最後にジェイムズを感じた場所を、そっと胸元に掻き抱けば、痺れるような痛みに、涙が零れた。

 

***

随分焦れていたようではあったけれど、まさか、たった一度緩く扱いただけで達したわけでもないだろうに、不意に動きを止めてしまった赤井に、ジェイムズは困惑していた。
家に着くまでは駄目だと言いはしたものの、もともと赤井にそんな我慢ができるとは思っていなかったから、彼のしていることには知らぬふりをしていたのだが

 

――今、声を掛けていいものだろうか。

 

祈るような姿勢で固まってしまった赤井は、泣いているようにも見える。
発情期は、なにかと感情が昂りやすいものだ。
「もう、いいのかね」
迷った末、苦笑交じりに問えば、赤井はびくりと身体を震わせた。ばつの悪そうな表情を、ミラー越しに見せてくる。
「じぇい、むず……」
 視線は忙しなく左右に動き、言いつけを守らなかった言い訳をしようと思うのか、何度も口を開いては閉じてを繰り返す。叱られたくはないけれど、言い訳をすればするほど、ジェイムズは余計に怒ると知っている。だから、赤井は、何も言えずにいる。それがまた、ジェイムズには愛おしかった。
 

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